2013年1月3日木曜日

年末年始のこと、母が脳梗塞になりました。 1


年末年始向きの内容じゃないんですけど、
書かないではいられないので。



12/29の午後から12/31朝までの話です。



母が脳梗塞になりました。
結果的には無事でした。

新潟に帰省中でした。

僕は千葉にいました。
年明け提出のレポートを書いたり、
アイドルのプロデュースをしたりしていました。
明日のカタログチェック全然やってない。やばい。
そんな調子でした。

母は、突然呂律がまわらなくなって、倒れたそうです。
父がすぐに救急車を呼びました。

新発田病院へ搬送されました。
右脳梗塞。
2カ所。
発症してから3時間以内だったため、
父は、すぐにtPA療法を行った方がいいという説明を、医師から受けたそうです。

tPA療法は、血栓溶解療法とも言います。
tPAは、アルテプラーゼとか、アクチバシンとか、グルトパとも呼ばれる薬です。
ものすごく大雑把に言うと、脳梗塞や心筋梗塞の血栓を溶かす薬です。
発症から3時間以内であれば効果を発揮します。
リスクとしては、血管が破れて出血することがあります。

父はtPA療法を行うことに同意し、
母にtPAが投与されました。

この段階で、父から僕へ電話がかかってきました。
父はものすごく取り乱していたように感じました。
泣きそうな声でした。

僕はと言うと、
驚いたのと、
信じられない、という思い。
驚きはしたものの、
なかなか現実のこととして認識できない。

いろいろな考えが、
頭の中をぐちゃぐちゃに駆け巡りました。

このまま死んでしまうのか。
いや、それは考えすぎだ。
倒れてすぐに病院へ搬送された。
脳神経外科のある県立の大きな病院だ。
tPAは画期的な薬だって、テレビで言ってた。
大丈夫。
大丈夫。

他にも、仕事のこととか、学校のこととか、
いろいろ考えて、焦る。
でも、どこか現実感がない。

新潟へ向かう。
途中父から電話がありました。
母は、意識がはっきりしてきて、話せるようにもなってきたと。
一命は取り留めたと。
しばらく集中治療室で安静にすると。

まだ出血する可能性もあり、安心はできないのですが、
父の声はさっきよりも落ち着いていました。
僕も少し落ち着きました。

病院へ行きましたが、
しばらく安静にしなければならないとのことで、
面会はできませんでした。

父が医師から話を聞きました。
快方に向かっている。
梗塞部位に再び血液が流れている。
薬が期待通りの効果を発揮した。
tPAによる出血も見られない。
山は越えた。
梗塞部位に血は流れているが、
2カ所、広範囲に梗塞が起こったため、
麻痺は残るかもしれない。
状態が落ち着いたら一般病棟に移り、リハビリを行う。

とにかく、生きている。
よかった。
でも、まだ変な夢を見ているような感覚がある。
母本人に会っていないからなのか。

千葉へ戻る。
親戚へ連絡。
年明けにもう一度、親戚の人たちと一緒に病院へ行く予定。

母は、病院がきらいで、
体調が悪くても、そう簡単には病院へ行かない人。
何かあっても一切延命はしなくていいと、いつも言っていました。
一見、強い人のように思えるけど、
僕には、強がっているだけのように感じられました。
今、こうゆう状況になって、母は何を思っているだろう。
そんなこと自分が考えてもしょうがないか。
たぶん、次会ったら、宝くじでも買っておけばよかった、
みたいなこと、言うのかな。

次会ったときは、
生きててよかった。
死ななくてよかった。
って言おう。