2013年1月3日木曜日

年末年始のこと、母が脳梗塞になりました。 2


つづき
http://goo.gl/rW3BU



元日
初詣で母に渡すお守りを買う。

父から連絡があり、
母は午後から一般病床に移れるということで、再び新潟へ。
この日の新潟はものすごい雪でした。

病室へ入ると、
母がベッドに横になっていました。
ベッドのそばに父が座っていました。
病院ではよくある光景なんでしょうけど、
それが自分の家族であるということが、
不思議で不思議で、仕方がありませんでした。

母は、意識ははっきりしていました。
かなり眠そうな様子ではありましたが。
薬の影響なのか。
この日は頭痛と微熱があったみたいで、
そのへんも影響していたのか。
普通に話はできる状態でした。

左半身に麻痺がありました。
左上肢は、腕は動くけど、掌や指を動かすのは難しそうでした。
左下肢は、全く感覚がなく、全く動かすことができないという状態でした。

これからリハビリが始まるので、
今後左半身がずっとこのままということはないと思いますが、
リハビリである程度左半身の機能が回復しても、
今まで通りに普通に歩くことは難しいのではないかと感じました。

右半身はほとんど問題なさそうな様子でした。
首から上にも後遺症はなさそうでした。
(話すこと、食べること、飲むことはできていました)

しばらくして、弟が来ました。
(弟は新潟に住んでいます)
久しぶりに、家族4人がそろいました。

こういう形で久しぶりに家族がそろったということを、
みんなが変に意識していたようで、
最初は、何とも言えない、気まずい、ぎくしゃくした空気になりました。

しばらくして、叔母(母の妹)が来ました。
叔母が気まずい空気をうまく解きほぐしてくれたような気がしました。

夕方まで、何でもないことを話して、
時々、今後どうして行くかを話して、
最後に父から、医師より説明されたことを聞いて、
新潟の家に帰りました。



母の脳梗塞は
脳血栓と脳塞栓では、
脳塞栓の方でした。

<脳血栓と脳塞栓について>
脳梗塞(脳血栓と脳塞栓) 医学・健康情報サイト J-Medical
http://www.j-medical.net/bra001.html
脳血栓と脳塞栓 | 脳梗塞データベース | 脳梗塞の前兆・後遺症・原因・予防
http://kenkoseikatsu.com/archives/68

脳塞栓は、心臓疾患から生じることが多いそうです。
心臓疾患があると、心臓で血液凝固塊(血栓)等が生じやすく、
それが脳血管を塞ぎ、脳梗塞を発症させます。

そのため、母は心臓の検査も受けたのですが、
心臓に異常はなし。
他にも検査を受けたそうですが、
異常なし。
脳塞栓である可能性は高いけど、
どこで血液凝固塊が生じたのかがわからないという状態。
もうしばらく検査は続くようです。

根本的な原因がわからないというのはとても不安ですが、
脳梗塞で脳血栓によるものか脳塞栓によるものかを判断できて、
根本的な原因まで突き止められるケースは、
あまり多くないみたいです。



1/2
弟と病院へ行きました。
(父は病院に泊まりました)
この日は熱も下がり、頭痛も治まったみたいで、
母は昨日よりも穏やかな表情でした。

何でもないことを話して、
千葉に戻りました。

帰りの電車で、
何だかよくわからないけど、
泣いてしまいました。
新発田から新潟まで、ずっと。

何ですかね。
実際母に会って安心したこと、
生きるか死ぬかの状況で、死なないで生きていてくれたこと、
これから先の不安、
何故母がこんな目に遭わなければならなかったのか、
なってしまったものは仕方がない、
父の献身、
自分の無力、
いろんなことがぐちゃぐちゃに混ざって、出てきたような。

ど田舎の電車だから、
他に乗ってる人ほとんどいなくて、よかったです。

不安もありますけど、
会って、話して、泣いたら、
だいぶ気持ちが楽になったように感じます。



家に戻ると、
隣の家のおばさんに呼び止められました。
2件となりの家の旦那さんが、大晦日に亡くなったと。
確かに、大晦日、あの家の前に救急車が来ていたけど、
まさか亡くなってしまうなんて。
つい最近、近所に買い物へ行くときにすれ違った。
町内会のことでいろいろお世話になった人でした。



何が起こるかわからない。
何が起こるかわからないけど、
常に何が起こるかわからないと憂えていたら、
何にもできなくなってしまう。
やるべきことをやろう。
やりたいことをやろう。
どうしようもないことが起きたら、
そのときに考えればいいと思う。

頑張るしかない。
それは、諦めるとか開き直るとか、
そういうことじゃなくて。
むしろ、諦めたくないから。
開き直りたくないから。